「荒川知水資料館(アモア)」料金無料⁉これで荒川の歴史は完璧!

東京都
スポンサーリンク

皆さんこんにちは、たびブロガーのmiyaです。

本日は、東京都北区にある「荒川知水資料館(アモア)」について紹介させていただきます。

荒川について詳しく説明されています。

荒川は下流域が人工的につくられており、なぜそうしたのかを知ることができます。

荒川知水資料館の前には、重要な役割を果たす水門を見ることができます。

公式HPには、バーチャルamoaというのがあり、現地を訪れなくとも資料館内の様子をご覧いただけます。

※現在と情報が異なる場合がございますがご了承ください。
スポンサーリンク

基本情報

住所 東京都北区志茂5丁目41−1
営業時間 平日:9:30~17:00
土日祝:10:00~17:00
休館日:月曜
料金 無料
駐車場 なし
公式 HP https://www.ara-amoa.com/

アクセス

電車
・JR「赤羽駅」東口から徒歩約20分
・東京メトロ南北線「赤羽岩淵駅」または「志茂駅」から徒歩約15分

バス
・JR赤羽駅から都バス「豊島5丁目団地」行き「岩淵町」または「志茂2丁目」下車後、徒歩10分

駐車場

荒川知水資料館(アモア)の専用駐車場はありません。

しかし土日は、東京都北区立荒川岩淵関緑地駐車場がご利用できます。

荒川知水資料館の目の前にあり、1日500円です。


この日は、土曜日で14:00頃には満車でした。

スポンサーリンク

館内マップ


3F建ての建物で、特に2Fは資料が充実していました。

公式HPには、「バーチャルamoa」というのがあります。

実際に現地を訪れなくても、ネット上で館内が見れてしまいます。

グーグルストリートビューの建物内バージョンといったところでしょうか。

バーチャルamoa
https://my.matterport.com/show/?m=US5U8nM59ZC

ここまで進化していたとは驚きです!

館内の様子

入館すると、床に荒川が描かれた地図がありました。

荒川がどのように流れているのか、周囲の地形はどうなっているかがわかります。

荒川って思ったよりも長かったです。

館内はきれいです。

荒川で見られる魚が実際に展示されています。
荒川には多くの種類の魚が住んでいるのですね。

コイがいました。

荒川で見られる昆虫や野鳥の展示もあります。

著名人のサインもありますね。

では、2Fに向かいます。


2Fは、荒川放水路についての説明が多いです。

荒川の上流には、以前紹介した秩父4ダムがありますね。

4ダムは、浦山ダム、滝沢ダム、合角ダム、二瀬ダムを指します。
ダムがあることで荒川下流の町が洪水被害にあわないようになっています。

スポンサーリンク

荒川の下流域は人工河川⁉

中川の河口から上流22km(赤羽付近の岩淵まで)が「荒川放水路」です。

幅は500mです。

約20年の工事期間を経て、昭和5年(1930年)に完成しました。


放水路ができるまでは、隅田川の方にすべての水が流れていたため、洪水被害が多発していました。

水門ができてからは、洪水時に岩淵水門を閉めることで、本流側(隅田川)の増水をおさえました。

あふれた水の大部分をこの人工河川(放水路)でいっきに海まで流すということが可能となりました。

放水路づくりのきっかけは何か?

明治43年(1910年)、荒川に起きた大洪水がきっかけです。

それにより、新たな放水路の建設計画が持ち上がりました。

大洪水以前にも、隅田川や荒川沿いは、川幅が狭くて堤防も低かったので何回(およそ2年に一度)も洪水被害にあってきました。

なぜ農村地帯に洪水被害が多かったのか?

ロウト状(じょうご)の地形をしていたためです。

荒川下流部(隅田川)の右岸に日本堤、左岸には隅田堤が築かれていました。

この2つの堤に挟まれたロウト状の地形によって、下流側の江戸市街地の被害は軽減されました。

しかし、荒川の上流側に水があふれてしまうため、遊水ゾーンにあてられた農村地帯では、長い間水との闘いが続きました。

放水路完成までに大変だったことは何か?

放水路のルート内に住んでいた多くの人たちに「ほかの場所に移ってください」とお願いすることでした。

大正6年(1917年)の高潮では、船が流されたり工事に携わっていた人がなくなりました。

大正12年(1923年)の関東大震災では、堤防をはじめ、全部で20か所以上の被害を受けました。

放水路完成後の効果とは?

完成後90年以上たった今でも、荒川の洪水による被害は一度もありません。

安全になった町には、工場が建ち、鉄道や道路もでき、町が活性化されました。

誰がつくったのか?

青山士(あおやまあきら)さんを筆頭に国内でも指折りの知識と技術力を持つエンジニアたちによって工事が進められていきました。

この人は、日本人で唯一パナマ運河建設工事に携わった技術者で、世界最先端の土木技術を学んでいました。

スポンサーリンク

防災コーナー

非常時に用意しておくべきものが展示されていました。

最低3日分の食料を準備しておく必要があります。

水は、1人あたり1日3L必要です。

電気、ガス、水道が止まると想定して必要な食材を選びます。

洪水シミュレーション

想定最大規模降雨に伴う洪水により、荒川が氾濫した場合の浸水状況をCG映像で見られます。

今回は”調整中”で見ることはできませんでした。

自分の住んでいる地域が浸水した場合、どうなるのか見ておくと良いかもしれません。

映像で荒川について学べるコーナーもあります。
・荒川氾濫
・関東地方の洪水被害
・岩淵水門の内部事情
・荒川放水路今昔物語
・荒川空の旅

などの映像が見られます。

転倒ます雨量計

3Fには、転倒ます雨量計がありました。

左右交互に転倒する”ます”の回数を数えることで雨量をはかることができます。

”ます”は、1.0ミリの雨がたまると傾き、もう片方に雨水が流れ込む仕組みです。

1時間に10回カウントしたら10ミリの雨となります。

※雨量計の種類によっては0.5ミリの”ます”もあります。


庭園で見られる”ししおどし”と同じ原理です。

ししおどしは、竹筒に水がたまると重みで竹が傾きます。

その反動で、「カコン」と音を鳴らします。

再度水がたまり、音を鳴らすを繰り返します。

展望

3Fから屋外に出ることができます。
ここには、荒川の模型がありました。

実際に水が流れており、水門を閉めることで水の流れを変えることができます。

目の前には荒川が流れており、眺めが良いです。
赤く見える場所が、旧岩淵水門(きゅういわぶちすいもん)です。

青い水門は、岩淵水門です。

次は、実際に水門を見に行きます。

館内スタッフの方からは、水門に関する詳しい説明を聞くことができ、おすすめの資料もいただけます。

興味のある方は話を聞いてみてください。

丁寧に教えてもらえます。

スポンサーリンク

水門の位置関係


旧岩淵水門の下流約300mの所に岩淵水門があります。

洪水時に水門を閉めることで、荒川の洪水が隅田川に流入することを防ぎ、東京の町を水害から守っています。

旧岩淵水門(赤水門)


現在の荒川と隅田川の分かれる地点に、大正5年(1916年)から大正13年(1924年)にかけて造られました。

50年近く使用されてきましたが、老朽化や地盤沈下による高さ不足などにより、昭和50年(1975年)から岩淵水門(青水門)の工事が進められました。

昭和57年(1982年)、岩淵水門の完成とともに役割を引き継ぎました。

子供たちの学習の場や人々の憩いの場として、今でも赤水門は残っています。

旧岩淵水門の近くに、水位がわかるポールが建っていました。
過去92年間における荒川の水位トップ7が表示されていました。

第1位が昭和22年(1947年)に起きたカスリーン台風の時で、水位が8.60mにまで上昇しました。

荒川の平常時の水位が約1mなのでかなり高いことがわかります。

岩淵水門(青水門)


水位が4mを超えると水門が閉まります。

建設されてから今までに5回水門を閉めました。

直近だと、令和元年の台風19号が発生した時に稼働しました。

水門が持つ機能

地震発生時、無電源状態でも安全に運用できる「自重降下装置」というものがついています。

自重降下装置は、油圧ブレーキによって無電源で開閉速度を制御するものです。

無電源状態による手動操作のほか、電源が確保されている状態での機側操作や災害対策室からの遠隔操作もできます。

しっかりと安全対策がなされているのですね。

荒川知水資料館(アモア)の見学時間は1時間ほどでした。

最後までご覧いただきありがとうございます。

「東京都水道歴史館」無料で見どころ満載⁉江戸上水の歴史を学べる!
「江戸時代の上水道」と「近現代の上水道」についてそれぞれ展示されており、違いを見ることができます。 江戸時代に水道管の役割をしていた「木樋」を実際に見ることができます。 無料なのに資料が充実しているので、訪れる価値があります。
「小平市ふれあい下水道館」駐車場情報あり!下水の臭い体験も!
全国でも珍しい下水道管内の様子を見学できる場所となっています。 下水道管内は異臭を放っているため、実際に見学するのに抵抗があるという方は、当ブログを参考にしてください。 また、マンホールカードがもらえます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました